17話 襲いくる群 |
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18話 違和感と豹変 |
19話 姿を見せた黒幕 |
「そろそろ動こう。シャロン。頭痛の方は大丈夫か?」 「うん」 それからしばらくしてから3人はネレスと別れた場所へ移動しようとそれぞれ立ち上がった。 「ネル……無事だといいが……」 零児が静かにそう言ったその時だった。 「私なら大丈夫だよ」 「!?」 突然部屋の扉が開く。そこには疲労の色を隠せない様子のネルがいた。 「ネル!」 「……身体は大丈夫?」 零児とシャロンがそれぞれネルの身体を気遣う。 「ちょっと疲れちゃっただけだから。大丈夫」 あれ――? 「それよりそれよりもみんな聞いて。ここから脱出できるかもしれないの!」 「本当ですか!?」 予想だにしないネレスの言葉に、ディーエは驚嘆と歓喜の入り混じった声をあげた。 4人はホールの階段から一気に最上階を目指して歩く。 ネレスの話ではこの古城の最上階から、森へと繋がる橋が存在しているらしい。 「けどネル。よくそんな情報を掴んだな?」 階段を上りながら零児がネレスに問う。 「あの部屋で蛇と戦っているときに、この古城に住んでる人が現れてさ。その人が脱出の方法を教えてくれたんだよ」 「オルトムスってやつか……」 「!?」 零児がオルトムスの名を口にした瞬間、ネレスは一瞬目を見開いた。 「ど、どうした? ネル?」 その反応に驚きながら零児が口を開く。まるで口にしてはいけない言葉を口にしたような……そんな反応だった。 「あ……ううん。なんでもない」 そう誤魔化しつつ、ネレスは歩を進める速度を速めた。 ――なんだ今の反応? それにこの……違和感……。 最上階。今までのフロアよりも天井が高いとある部屋。 その部屋は他のフロアと違って、ホールの天井そのものが床になっており、階段はその部屋の床下に設置されていた。まるで屋根裏部屋のように。しかし、その部屋はホールと同程度の広さがあり、カーテンや絨毯《じゅうたん》は人が手入れしているかのように綺麗だった。 この部屋から外に出る手段は窓ガラスを割るか、床下に存在する階段を下りるしかない。 しかし、ネレスはここにはもう1つ、この古城から脱出するための道が存在するという。 「クロガネ君。あれ見て」 ネレスは窓ガラスに近づき、ある一点を指差した。 それに続いて零児もその方向を見る。 「あれは……」 ネレスが指差した場所。その場所には、今零児達がいる場所とは別の建物があった。そして、その建物とこの古城と橋で繋がっているようだった。 さらにその建物からは、ドーナツ状に広がっている巨大な穴の外側にあるもう1つの建物に繋がっている。 「私達がここの正面から来たときには見えなかったけど、この古城の裏に別のルートが存在したんだよ」 「裏?」 零児は自分のいる位置とは別の窓ガラスを眺める。自分達がこの古城にやってきたときに渡った橋の一部が見えないかと思ったからだ。 しかし、窓ガラスからは闇が広がるばかりで、何も見えない。 「じゃあ、早いところ出よう! こんなところには長々いられないよ」 「ああ……」 ――なんだ……この違和感? ネルは部屋の一角にある扉へと向かっていく。その扉は鉄で出来ていてどこか物々しい。 零児の記憶ではこの古城内の扉はほぼ全て木製だ。鉄製の扉は少なくともここ以外にはなかったように思う。 そもそも古城内の雰囲気と鉄製の扉と言うのがあまりにもミスマッチ過ぎる。 ネルはその扉を開いていく。さび付いた嫌な音が響き渡った。 「……嫌な感じがする」 錆びた音が耳障りだったせいか、シャロンが明らかに不快な顔をした。 それは零児も同様だ。だが音だけのせいではない。扉の先が真っ暗だったからだ。古城内部も暗かったが、魔光の光が一部に残っていたり、月明かりが差し込んでいたり、完全な暗闇ではなかったのだ。 しかし、今進もうとしている扉の先は明らかに違う。完全な闇だ。 魔光もなく、月明かりもなく、ひたすら暗い闇。否が応にも緊張してしまう。 「うわ〜……流石に暗いね〜」 扉を開き終えて、ネレスはその扉の先の闇を見てそう素直な感想を漏らす。 「それじゃあ。みんな行こうか」 ネレスの言葉に従い、シャロンとディーエはその先へと向かおうとする。 「ちょっと待った」 しかし、零児だけはその場にとどまり、全員を制止した。 「レイジ?」 「……?」 シャロンとディーエが不思議そうな顔で零児を見る 「ネル……お前、本当にネルか?」 ネレスと合流したときに感じた違和感。零児はその正体を確かめたくて、ネレスにそう質問をぶつけた。 「クロガネ君……それどういう意味?」 予想通りネレスは不満を強く表に出す。 その答えはある意味当然だろう。誰だって自分が何者なのかと疑われたら不快に感じる。零児とて仲間を疑いたくはない。しかし、どうしても気になってしまう。ネレスに対する妙な違和感。 それがしゃべり方なのか、ちょっとした仕草なのかはわからない。ただ、今のネレスの全てに対して、極めて小さく、しかし少なくはない違和感を感じたのだ。 だから違和感の正体についてはいまだにはっきりしない。 そんな状態のままネレスの言葉にホイホイ従っていていいのか。そんな不安をかき消したいがため、ここではっきりさせておきたいのだ。 「ネル……俺も仲間は疑いたくない。だけど、この扉の先をくぐる前に1つだけはっきりさせておきたい。お前は俺たちと別れたあと、どうやって俺達の元へ来たんだ? あの後蛇は襲ってこなかったのか? そもそも4匹の蛇を本当に全部撃破できたのか?」 「クロガネ君……そんなこと聞いてどうするの?」 ネレスは零児に背を背ける。そのため零児からはネレスがどんな表情をしているのか判断できない。 「お前と合流してから、俺はお前に対する妙な違和感を感じる。その正体を俺は知りたいんだ」 「私への……違和感?」 「そうだ」 「クロガネ君は……私が私じゃないかもしれないって……思ってるってことだよね?」 「……」 零児はそれ以上何も言えなかった。そして、それは無言の肯定となってネレスに突きつけられる。 「う……ううっ!」 零児に背を向けたまま、ネレスは右腕を自らの目元に押し当てた。 「クロガネ君……」 そしてネレスが振り返った。その瞳からは涙が溢れていた。 「ひどいよ……クロガネ君。私だって、みんなのこと仲間だと思ってるのに……」 ネレスのその仕草、その行動。その直後、零児の口調が大きく変化した。 「ネル……俺だってネルのことを仲間だと思っている。だけど、今表に出ているお前のことは敵だと思うがな?」 「なっ!?」 ネレスが顔を上げた。同時にシャロンとディーエも何がなんだかよく分からないといった表情で零児とネレスの両方を交互に見る。 「俺の知ってるネレスは泣いて誤魔化すような女じゃない。あいつは自分が答えるべき問いにはいつも正直に答えてくれた。自分が窮地に立たされたときに、そうやって泣いて誤魔化すような嫌な女じゃない」 それはもしかしたら零児からみたネレス像でしかないかもしれない。零児の思い込みでしかないのかもしれない。だが、ネレスが零児の前で泣くというのは特殊な状況下においてでしかないこともまた事実だった。 ネレスは常に笑っている。そして、どんなときにも誠実な存在だ。 常に仲間のことを思い、仲間のために行動し、しかし一歩引いたところから常に暖かい表情で見守ってくれている。 それでいて問いかけには必ず答えてくれていた。そして、女の嫌な部分を使って、言葉を濁したり、はぐらかしたりするようなことはほとんどない。 今のこの状況においてネレスが涙を流して仲間と言う言葉を使って誤魔化そうとすること自体がおかしいのだ。 「クロガネ君……」 「お前……精神寄生虫《アストラルパラサイド》だろう?」 「……」 ネレスは泣くのをやめた。そしてその表情をゆっくりと歪めていった。それに気づいたのは零児だけだった。 その途端、ネレスが零児へ向けて凄まじい勢いで駆け寄ってきた。その直後……。 「グウッ……! お、おのれ寄生虫め……」 ネレスの拳による攻撃。零児はその拳をみぞおちにもろに食らってしまった。人体の急所への一撃はあまりにも強かった。 少なくとも人間が意識を失うには十分すぎる威力だ。 「黙ってついてきていればよかったのに……」 今までとは明らかに違うネレスの口調。気を失ってなお、耳にそんなネレスの言葉を聞いたような気がした。 |
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